【図鑑2】子育て情報誌の編集をきっかけに ひとりの女性として社会との繋がりを
國井良子(くにい りょうこ)さん/ライター、ふじのくに防災士
はじまりは「浜松こども情報」の編集
1998年、「浜松こども情報」という子育て情報誌の編集に関わることになりました。書店で手に取った「浜松こども情報」の中に“仲間を募集”という記事を見つけ、やりたいな、と思いました。ライターの仕事はやったことがなかったので不安もありましたが、思い切って応募をして仲間に入れてもらいました。
その頃は子どもが生後9か月で、孤独な中で子育てをしていました。インターネットも今ほど普及していなくて、ベビーカーを押して入ってもいいお店や子連れで行ける地元のレストランなど、地域密着の情報を得ることが難しい時代でした。
「浜松こども情報」は、地域の情報が欲しいと思う先輩主婦が集まり、「○○ちゃんのお母さん」ではなくて、自分自身の名前で社会と繋がることができるようにと、主婦が名刺を持つ活動としての一面もありました。多い時には20人ほどの編集員がおり、子ども連れで取材に行ったりしていました。
「小さい公園特集」は、旧浜松市の一つひとつの公園を全部取材に回って、トイレが暗い、子どもと行くとちょっと寂しい、日当たりが良くて人も多いなど、自分たちの足で得た情報を記事にしていました。営業やレイアウトなども全部自分たちで行っていたので、そこで編集のことを学ぶことができました。
年4回発行で、50号までは書店で販売していましたが、インターネットの普及もあり、それ以降はフリーペーパーとして発行していました。2015年の休刊まで、子育てと並行して別の仕事をし、その合間に夜中まで原稿を書いたりしていたので、大変と感じることもありました。それでも、責任をもって一人の社会人として仕事をする、主婦だからいい加減、と言われたくないと思って関わってきました。
「○○ちゃんのお母さん」ではなくて、自分自身として、社会とつながりを持つことは大事だと思っています。私にとっては「浜松こども情報」が社会とつながるきっかけとなりました。おかげで、孤立をしないで子育てをすることができ、子どもに家で仕事をする姿を見せることができたと思います。
また、困難にぶつかったときも誠意を持って丁寧に対応すれば大丈夫、という自信がつきました。この情報誌の編集に関わったことで、私自身のことを知ってもらえる知り合いが多くなり、子育てが一段落した後も変わらず自分の居場所が持てています。
「ねっとわぁく」を通して伝えたいこと
静岡県の男女共同参画情報誌「ねっとわぁく」の編集員になって7年になります。元々は、県の男女共同参画センターあざれあの「エポカ」という広報誌の通信員(読んで感想を伝えたり、普及を促す役割)をしているときに「ねっとわぁくの編集員をやらない?」と、声をかけられたことがきっかけです。編集長を務めていることが認められて、2021年8月に知事褒賞をいただきました。
あいホールで行われた生理の講座(*1)について、2021年10月発行の「ねっとわぁく」で取り上げることになっています。「夫も生理のことを知ろうよ」という方向で編集予定ですが、生理についてまだまだ男性はアンテナが低いと感じています。生理は女性の身体の話だけでなく、DVにつながる話かもしれない。男性が女性の身体のことを分かっていたら、イライラしているんだなって思いやれるし、DVも防げるかもしれない。女性も性について知識があれば、「嫌なことは嫌って言っていいんだ、私には力があるんだ」と思えるかもしれない。「ねっとわぁく」を読んだ人がそんな風に思ってくれるといいなと願っています。
縁が広がった「はままつ女性カレッジ」
「ねっとわぁく」などの活動を通して「はままつ女性カレッジ」のことは知っていて、数年前に妹と参加しました。当時専業主婦だった妹は、私から見てけっこう行き詰まっていて、はけ口もないような感じでした。それで「カレッジに一緒に行ったらいいのではないか」と思って誘いました。妹は、それまで繋がりがなかった人たちと出会って、希望を見つけたというと大げさかもしれないけど、「働きたい」という気持ちに気づいて、出口が見えてきたようでした。私が「浜松こども情報」で救われたみたいに、「○○のお母さん」ではなくて、自分がひとりの女性として社会と何らかの繋がりを持つことはすごく大事だと実感しています。
また、カレッジの受講生の中には、さまざまな活動をしている人もいて、受講生同士でいろいろな繋がりができるのはすごいところだと思いました。講師の先生が有名な方ばかりだったので、私は「聞かなきゃ損だな」みたいな貧乏根性で参加しましたが、その後「ねっとわぁく」で取材をさせていただくなど、縁を広げることができました。
積極的ではなかった子どものころ
小学校の頃は、先生に「これをやりなさい」と言われても一度では理解できず、周りの子たちを見て、真似してそつなくやっていました。積極的に何か前に出てやるようなタイプではありませんでした。おとなしくて、手を挙げて発表するのもすごく嫌でした。そんな自分でしたが、大人になって、「浜松こども情報」に参加してからは、良い意味でいろんなところに巻き込まれて参加するようになりました。今にも繋がっていることですが、子どもの頃から本を読むのは好きです。今でも、気になる本はすぐ取り寄せて、読みたい時にいつでも読めるようにしています。こういうの、いわゆる積ん読(つんどく)っていうんですけど。
災害から家族を守るため防災士に
現在、ふじのくに防災士、ふじのくに災害ボランティアコーディネーター、ふじのくに防災フェローの3つの資格の認定を受けています。これらの認定を受けようと思ったきっかけは、2011年3月11日に起きた東日本大震災です。あの時、自宅のテレビで津波が来る様子を見ていて、逃げる人たちが生放送で映し出されていました。自宅は浜松市南区にあり、ちょうど東海地震で津波が来るとされている浸水域から少しだけ外れたところにあります。それまで地震や防災のことについて考えたことはなく、誰ともそんな話をしたことはありませんでした。けれど、本当に東海地震が来たとき、これでは自分は生き残れない、津波が来て逃げ惑う姿を今度は自分がテレビで生放送されるのか、と思ったときにとても怖くなりました。このままではいけない、学ばないと家族を助けることができないと考えるようになりました。
ちょうどそのころ、浜松市の広報で「ふじのくに防災士」の講座案内を見つけました。震災の翌年にあたる2012年にその講座を受講することができ、ふじのくに防災士の認定を受けました。その後、ふじのくに防災フェローの講座も受講しました。静岡大学で1年間かけて20講座ほどを受講し、論文を発表して認定されました。かなり辛い授業もあったので、今でもあの辛さを思い出すと、何でも耐えられるという感じです。
現在は、2014年に認定を受けた、ふじのくに災害ボランティアコーディネーターとして活動していることが多いです。現在、南区の災害ボランティア連絡会の代表をしており、障害のある人たちなど自分で避難できない方たちが、非常時に困らないようにするために何ができるのかをみんなで考えています。いろいろな障害がある方と話してみて気づくことはたくさんあります。話を聞いてみないと、その人の身になって考えることはできないし、知らないとサポートできないこともあります。平時のうちから、顔の見える関係を作って、同じ目線に立って一緒に考えることが大切だと思います。
防災に関するさまざまな情報を知らないことで、命を落とすようなことがあってはいけないと思っています。知識は荷物にならないので、知っていて身についていれば、非常時には命を守ることに直結します。日常生活の中で防災の優先順位は低くなりがちですが、少しだけ優先順位を上げて考えてほしいと思います。
性の多様性を認めあえる社会へ
浜松トランスジェンダー研究会(以下浜松TG研究会)の活動は、代表の鈴木げんと出会って参加するようになりました。今ではげんのお世話係、というポジションで活動しています。浜松TG研究会では、居場所づくりをしています。マイノリティ(少数者)であるトランスジェンダー(*2)の人を中心に、それを応援するアライ(*3)が集まって勉強会をしたり、おしゃべりをしたりする集まりです。未成年の参加者もいるのですが、やはり大人の中ではなかなか言いたいことが言えないので、「子どもの居場所」も始めました。子どもの性的マイノリティ(*4)当事者は自殺率が高いんです。
トランスジェンダーの場合、制服がイヤで不登校になったり、性別のことでイヤな思いをしたり。多くの子どもたちが「夏休み楽しいね」とか「将来はこんな職業に就きたい」と日常生活を楽しんだり、将来の夢を語ったりすることができているのに、当事者の子どもたちはそこにたどり着く前に、性的マイノリティゆえの悩みで苦しんでいます。性的マイノリティの子は、そこに行きつくまでにクリアしていかなくてはならない壁がたくさんあるんです。
学校の先生向けにLGBT(*5)講座を一緒に受けた際、大人の理解が追い付いていないことを感じていました。先生から抑圧されたり、着たい性別の制服を着ていけなかったりすることで、すごくつらい思いをしている子どもたちがいる。そんな子どもたちを何とかしたいという思いで、「子どもの居場所」は始まりました。
制服については、代表のげん自身が中学の頃、朝お腹が痛くなるほどスカートをはいて学校に行くのが嫌だった経験があります。それなのに、げんが40代になった今でも、自分が体験した苦しい状況を今の子ども達も経験していて、状況がまったく変わっていません。私自身は、制服のことで悩んだこともなく子ども時代を過ごしてきたので、当事者の子ども達の苦しさは大人になってから知りました。浜松TG研究会で活動することで、子ども達に寄り添い、安心して生活できる環境作りに少しでも協力できたらいいと思っています。
子供たちの周りには、校則の問題もあります。白い下着でないとダメ、ポニーテールの位置が決まっているとか、本来の学校生活には関係ないんじゃないかと思う校則もあります。「本当はおかしなことです。この校則は必要ないです。」と声をあげることが大切だと思いますが、学校にお子さんを通わせている保護者の立場だと、なかなか学校に意見できないですよね。それだったら、保護者でない大人の立場で学校や行政に意見を言おう、ということで浜松TG研究会の代表であるげんや、仲間が動き始めました。
そういった中で、やはり保護者の悩みも大きいんです。子どもがトランスジェンダーなどセクシュアルマイノリティだと気付いたときにとても悩むんです。周りに相談する人がいなくて、どうしていいか分からず情報もありません。遠い地域から研究会に問い合わせが来たりもします。
当事者だけで活動している団体は全国にありますが、浜松TG研究会は、医師、市議会議員、弁護士、学校の先生、スクールカウンセラー、保育士、看護師など、専門知識を持った人がメンバーにいます。自分たちだけでは対応できない相談内容も専門家につなげることができるのが強みですね。また、保護者が大人の居場所に参加して、先輩当事者と会って話したりすると、「こういう将来があるんだ、大丈夫だ」と思えたり、保護者同士で仲間になって情報を交換したり、というつながりができます。それも当事者だけの団体とは違う点ですね。
これから研究会として新しく取り組む課題としては、代表のげんが、生殖腺の摘出手術をせずに戸籍上の性別を「女」から「男」へ変更できるよう裁判の申し立てをしました。東京・名古屋・浜松の5人の弁護士が無償で参加しています。さらに議員や大学教授、医師などの専門家チーム、申し立てを応援するキャンペーンチームがあり、仲間が集まって盛り上げながら、楽しく、社会運動として裁判をしようとしています。クラウドファンディングで申し立てやキャンペーンにかかる費用を集めています。
今の法律では、トランスジェンダーの人たちが戸籍上の性別を変えようと思うと、すごくハードルが高いんです。要件の一つとして手術をしないといけないんですが、それは心身ともに大きな負担がかかります。人の性別って、体とか戸籍で決まるわけじゃないんです。わたし自身、今までそんなこと全然考えたことがなくて、見た目が女性だと戸籍も女性なんだな、と思っていたけれど、げんと知り合ってから、そうではないと気づきました。どうやって周りから見られたいか、自分がこういう性別で生きたいんだ、というアイデンティティを大事にできる社会になったらいいな、と思います。
私も浜松TG研究会の活動に参加してから気がつくようになりましたが、実は周りにも多くの当事者はいるんですよね。オープンにしている人が少ないんです。顔を出して実名で活動している人はさらに少なくて。実際、表に出るとSNSで叩かれたり、嫌な思いをすることも多いんです。でも、げんはあえて表に出ることで、「いるよ」ということを多くの人に認識してもらい社会を変えていきたいと思っています。
私も浜松市のパートナーシップ宣誓制度第1号としてげんとパートナーとして宣誓しました。ニュースや新聞に取り上げられましたが、出たくて出た、というより、他に顔を出して取材OKの当事者がいないから出ただけなのです。私たちの後ろには差別や偏見を恐れ、表に出たくても出られない人がたくさんいることを知ってもらいたいです。見える形で誰かが表に出ないと記事にもならないですし、社会も変わっていきません。そういう点では裁判のキャンペーンを始め、前に出る活動というのは求められる限り、これからもしていきたいと思います。
私たちの記事が新聞に載ると、それまで全然興味・関心がなかった職場の人が「新聞に載ってたね」と言ってくれたり、母もLGBTという言葉を新聞で見つけると、「今日新聞に出てるよ、詳しく分からないけど」と言ってくれたりします。母も職場の人もLGBTに関してアンテナが高くなっていて、私がいることで周りに少しでも影響を与えられているかなと感じます。
そんな風に、「あ、それ私の知っている人だ」と思うと、そのニュースの印象は全然違ってくると思うので、一人でも多くの人が自分ごとに引き寄せて考えられるようになってほしいなあと思っています。
(インタビュー実施日:2021年7月26日)
【用語説明】
*1 あいホールで行われた生理の講座…はままつの「生理」を学ぶプロジェクトが実施したイベント(2021年6月開催)
*2 トランスジェンダー…生まれたときに割り当てられた性別とは異なる性別を生きる人・生きることを望む人のこと
*3 アライ…英語で「仲間」「同盟者」という意味で、性的マイノリティを理解し応援する人のこと
*4 性的マイノリティ…典型的とされる性のあり方ではない、全体的に見ると少数派とされる人々のこと。典型的とされる性のあり方とは、異性を好きになる「ヘテロセクシュアル」や出生児に割り当てられた性別(戸籍の性)と性自認などが一致している「シスジェンダー」を指す。
*5 LGBT…レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を並べた言葉
(出所)レインボーページまたはレインボーガイドブックより
國井良子さん 略歴
1998年 | 浜松こども情報の会に加入。子育て情報誌「浜松こども情報」の編集に関わる |
2012年 | ふじのくに防災士認定。 |
2014年 | ふじのくに災害ボランティアコーディネーター認定。静岡県の男女共同参画情報誌「ねっとわぁく」の編集に関わる |
2016年 | ふじのくに防災フェロー認定。「ねっとわぁく」編集長に就任 |
2018年 | 浜松TG研究会に加入 |
2020年 | 浜松市パートナーシップ宣誓制度第1号として鈴木げんと宣誓 |
國井さんインタビュー感想
「もっとこうだったらいいのに」と思うことに対して、誰かほかの人がしてくれるのを待つのでなく、自分から行動を起こして作りあげていくパワーがすごいと感じました。 普通だから、常識だから、と流されるのではなく、「本当にそれでいいのか?」と常に問いかけながら、目の前の困っている人の目線にたち、より良いものへと改善していく力。パイオニアとはこういう方なんだな、と感銘を受けました。(山崎加奈子) |
様々な領域で活躍する國井さんのお話を直接伺うことができたのは、とても貴重な経験となりました。私自身、現在は育児が中心の生活ですが、こういったインタビューの機会を得られたことは、國井さんも大事だとおっしゃっていた、自分として社会とつながりを持つ、というよいきっかけになったと思います。今後も、こうした社会とのつながりを大切にしながら、自分にできることを考え、チャレンジしていきたいです。(岡崎綾香) |
國井さんのお話を聞いて、地道だけど精力的に目の前のことに取り組んでこられた様子が伝わってきました。その積み重ねによってお声がかかり、活動が広がっていったのだなとも感じました。私は目の前のことにどのくらい真剣に向き合えているだろうかと振り返るきっかけにもなりました。インタビューから記事にするまでのすべてに、緊張と楽しさの両方を感じられて、これからも人と関わる形でいろいろと学び続けたいと思いました。(木村由香) |